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池ノ端城
(いけのはたじょう)
標柱と土橋
写真は標柱と土橋です
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所在地 新潟県新発田市池ノ端
築城者 五十公野道如斎
別名 亀形城
城郭形態 平城
備考 標柱と土橋、堀跡が残る。
アクセス JR白新線「西新発田駅」より
徒歩25分
駐車場 なし
満足度 ★☆☆☆☆(5段階中1段階)
地図 Mapion
池ノ端城訪問記
池ノ端城は1581年、新発田重家の挙兵(新発田重家の乱)に呼応した、五十公野城主・五十公野道如斎により築城されました。
池ノ端城には重家の家臣・池端鴨之助が入り、上杉景勝の攻撃に備えます。
鴨之助は1583年の放生橋の合戦でも、敵の武将を討ち取るなど活躍したと言われますが、徐々に状況は景勝方に有利なものとなり、1587年、景勝は重家を討滅せんと、一万の軍勢を従え新発田城に侵攻します。
新発田城の支城である加地城・赤谷城・五十公野城は次々に落城し、新発田城は孤立。
万策尽きた重家は、わずか700人ほどの部下を率いて色部長真の陣に突撃し自害。
1587年10月25日、こうして新発田城は落城したのです。
池ノ端城はその後も抵抗を続けていましたが、10月29日に落城。
鴨之助は色部長真を頼って落ち延びたのです。
参考文献・参考サイト
埋もれた古城(ウモ氏個人サイト)
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