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猛将として名を馳せた景家
 謙信配下として、川中島合戦や小田原攻めで、猛将として活躍した景家。
 人々はそんな景家の剛勇を褒め称え、「景家の気迫は鉄をも貫きかねないであろう」と謳われたといいます。
 その武勇は越後だけではなく、その周囲の国、更には遠く中国地方まで、きこえていたといいます。
 謙信はそんな彼を、「越後第一」「越後三元老」などと評したといいます。
 そんな、武勇の面では絶賛され、また自らもそれを誇ったと言われる景家ですが、実は少々思慮分別にかけていたらしく、上杉謙信はまた彼を「もし景家に思慮分別があれば、この越後七郡には景家に及ぶものはいないであろう。そうでないのは、まことに残念である」と評しています。
 とはいえ、景家は武を求められる戦だけでなく、文を求められる政治などにも重臣として参加しているので、やはり、謙信に頼りにされていたことは間違いのない事実であるでしょう。
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