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孝高の訓戒を見る
 さて、孝高の最後のコラムでは、孝高が息子長政や家臣らに残した訓戒を見ていくことにしましょう(一部他のカテゴリーとかぶるところがあります)。

 孝高はある時長政を呼び、君主の心得について、守るべき訓戒を申し聞かせました。

一 神の罰より、主君の罰の方が恐ろしい。だが主君の罰よりも、臣下万民の罰の方が恐ろしい。というのも、神の罰は祈ることで、主君の罰は、詫びれば許されるが、臣下万民に疎んぜられてしまえば、祈ろうが詫びようが許されない。なのだ臣下万民に疎んぜられてしまえば、必ず国を失うことになる。

一 政治に自分の好みなどを入れず、その上自分の行儀作法を乱すことをせず、万民の手本となるべきだ。また、普段の趣向を、慎重に選ぶのだ。主君の好むことは、家臣、さらには町人や百姓までが噂をするものだから、大事なことである。

一  文と武は車の両輪の如く、そのどちらかが欠けてはいけない。もちろん平和になれば文を用い、乱世になっては武を用いるのであるが、平和といえど武を忘れず、乱世といえど文を忘れないことが最も重要なのだ。

一 平和になったといえど、もし大将が武を忘れてしまえば、第一に軍法がすたれてしまう。また家臣らも柔弱になってしまい、突然兵乱が起こったときには、どうしようどうしようと慌て、会議も上手くいかず、まさに渇に臨んで井を掘るという状態になってしまう。武将の家に生まれたのだから、いつ何時でも、武を忘れてはいけない。

一 また、乱世だからといって大将が文を忘れてしまえば、軍理を学ぶこともないので、法が定まらない。また国の政治に私欲を絡めてしまい、国家人民を愛することもなくなり、民からの恨みがつのってしまう。血気に逸るばかりで文も仁義もない者は、たとえ一旦は戦に勝つことができても、後には必ず滅んでしまうものである。

一 将が文を好むと言うのは、書物を多く読み、詩を作り、故実を覚え、文学を嗜むと言うことではない。誠実な道を求め、いろいろなことについて吟味したり、工夫したりして、物事の道理を間違えず、善悪を区別し、賞罰をえこひいきなく正しく行い、憐れみ深い心を持つことを言うのだ。

一 将が武を好むと言うのは、武芸に熱中し、いかつい態度などをとることをいうのではない。軍の動かし方を知り、戦乱を終わらせる知略を働かせ、普段から油断をせずに兵士を鍛錬させ、何もないときでも合戦の緊張感を忘れないことを言う。武芸ばかりをし、独りよがりの働きを好むのは匹夫の勇といい、それは所詮小者の武であって、将の武ではない。(黒田家譜)

また、別な逸話では、孝高は長政に対し、こう言いきかせています。
「大将である人は、威と言うものがなくては、皆を抑えることは難しい。しかしこれを誤解して、わざと威を張ろうとすれば、かえって逆効果になる。例えば、みなに恐れられることを威と考え、家老に対しても、眼をつりあげ、ぞんざいな言葉を放ち、意見などを無視する。これでは臣下万民に疎まれ、必ず国を滅ぼすことになるだろう。真の威というのは、高慢とは違い、その身の行儀を正しくし、家臣であろうとも礼を忘れずに接し、理非賞罰を明らかにすれば、臣下万民に敬い畏れられて、大将をあなどり法を軽く思うものはいなくなる。これこそが、真の威というものである。(黒田家譜)

 さらに孝高は亡くなる際に
「世上では、主君が亡くなると、腹を切り主君に殉死する家臣がいる。その心情は分からなくもないのだが、腹を切って死んだところで、あの世で主君に会えるかどうかは分からない。自分は良い家臣を一人でも多く長生きさせて、息子である長政に譲りたいので、自分が死んだ後、家臣に腹を切らせることは、かたく禁じるようにするのだ」
といったと言います。(夢幻物語)
 このほかにも質素倹約など、孝高が残した訓戒はどれも非常に的を得ていて、的確な言葉であるといえるでしょう。
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