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久留里城 (くるりじょう) |
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写真は復原天守です。 城郭関連の本 城郭関連商品 |
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久留里城訪問記 | |
久留里城は室町時代、武田信高により築城されました。(武田信長という説もある) この頃の久留里城は、もう少し北側にあったのですが、1535年に里見義堯がこの地に久留里城を築き本拠とし、長子である義弘を佐貫城に配しました。 1554年から1555年にかけて、久留里城は北条綱成に攻められますが、里見義堯・義弘親子はこれを撃退し、武名を高めました。 しかし1564年、第二次国府台合戦で里見軍が大敗すると、一時久留里城も陥落し、後北条氏の城となりました。 ですが、間もなく里見氏は久留里城を奪還。 その後幾度となく、久留里城は後北条氏の攻撃を受けますが、久留里城が陥落することはありませんでした。 1590年の豊臣秀吉の小田原攻め後、久留里城には大須賀忠政が入り、久留里城は近世城郭に改修されました。 1601年に忠政は横須賀に転封となり、代わりに土屋氏が入りますが、1679年に土屋氏が改易となると、久留里城は一時廃城となります。 1742年に黒田直純がこの地に入ると、久留里城は四年の歳月をかけて再建され、以後久留里城には黒田家が九代続き、明治維新を迎えました。 |
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参考文献・参考サイト ビジュアル・ワイド日本の城(小学館)・現地解説板・埋もれた古城(ウモ氏個人サイト) |