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武熊城
(たけくまじょう)
石碑
写真は石碑です
城郭関連の本 城郭関連商品
所在地 茨城県水戸市柳町2丁目
築城者 石川望幹
別名 なし
城郭形態 平城
備考 公民館に石碑が建っている。
アクセス JR常磐線「水戸駅」より徒歩20分
駐車場 公民館の駐車場(無料)を利用
満足度 ★☆☆☆☆(5段階中1段階)
地図 Mapion
武熊城訪問記
武熊城は室町時代前期、この地の豪族であった石河望幹による築城されたと言われています。
やがて武熊城は、水戸城に拠った江戸氏の城となりますが、1590年の豊臣秀吉の小田原攻めの際、佐竹義宣に攻められ武熊城は落城。
江戸氏に替わり、武熊城には東義久(佐竹氏の臣)が入ります。
ですが1600年の関ヶ原の戦い後、佐竹氏は出羽へ転封されてしまい、武熊城は廃城となり、敷地は江戸幕府の直轄地となりました。
そして1651年、柳坂築造の際に採土されたことから、武熊城は跡形もなくなったのです。
参考文献・参考サイト
現地解説板・城郭図鑑(モナー様個人サイト)
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