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松代城 (まつしろじょう) |
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松代城訪問記 | |||||||||||||||||||||
松代城は元は海津城と呼ばれ、もともとは土豪である清野氏の館を武田氏が改修し、1560年ごろに築城されました。 海津城は、川中島合戦でもその名が見られるように、この地の重要拠点であり、高坂昌信が城主を務めました。 武田氏が滅亡すると、海津城には森長可が入りましたが、間もなく起きた本能寺の変により、長可は海津城を放棄せざるを得ず、そのため海津城は上杉氏の支配下に置かれます。 1598年に上杉氏が会津に転封となると、田丸直昌が城主となり、豊臣氏の蔵入地となりましたが、1600年、徳川家康により田丸氏は美濃に転封となり、森忠政にこの地が与えられました。 1603年には松平忠輝が入りましたが、1617年に改易となり、松平忠昌、酒井忠勝が城主となり、1622年に真田信之が城主となった際、この城は松代城と改称されました。 その後も真田氏が代々城主を務め、1871年の廃藩置県により廃城となり、残っていた建物も、1873年の火災により全焼してしまいました。 なお2004年には太鼓門・北不明門・石垣・土塁などが復元され、松代城はかつての姿を取り戻しつつあります。 |
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参考文献・参考サイト ビジュアル・ワイド日本の城(小学館)・現地解説板・埋もれた古城(ウモ氏個人サイト) |